NASCでは、長野市のスマートシティ推進・新産業創出につながる、企業の新規プロジェクトを応援しています。実証実験にかかる費用の補助、ビジネスモデルのブラッシュアップ、フィールド・モニターの調整、広報などの支援を提供し、約半年の間、プロジェクトオーナー企業とともに、社会実装を目指してプロジェクトを推進します。
今回は、令和6年度の実証プロジェクトとして採択された、株式会社ラポーザの中山間地域における持続可能な農業サービス事業「NAGANO A→SETプロジェクト」を紹介。同社代表の荒井克人さんに、これまでの取り組みや実証プロジェクトへの展望についてお話を聞きました。
ハード・ソフトの両面から中山間地域の課題解決に取り組む
——まずは、株式会社ラポーザについて教えてください。
荒井さん:
ラポーザは、中山間地域の課題解決に、ハード・ソフトの両面から取り組む企業です。ハード面で言うとスマート農機の開発、ソフト面で言うと調査や測量、エコツーリズムなどを展開しています。
私自身がリンゴ農家の5代目ということもあり、長野市内に自ら保有しているリンゴ・ブドウ農園を活用して、中山間地域におけるスマート農業の実証実験も盛んに行っています。
——そのような事業の背景には、どのような想いがあるのでしょうか?
荒井さん:
私自身、もともと大学院で都市計画を学んでいました。特に関心があったのは、市街地と山地の間にある中山間地域の活性化。私自身が生まれ育った原風景が広がる、このエリアを盛り上げていきたいという想いで事業に取り組んでいます。
長野市は合併を繰り返す中で、市街地の周辺に中山間地域が大きく広がり、市の面積の大部分を占めるようになりました。そうしたエリアを無視してスマートシティ化を進めても長野市らしくないのではないか、とも考えています。
——中山間地域には、どのような課題があるのでしょうか?
荒井さん:
中山間地域の主な産業は農業。しかし、土地の傾斜が急だったり、道が狭かったりするため、大型機械がなかなか入っていくことが難しいという課題があります。そのため、結局は手作業に頼らざるを得ません。ビーバーを背負って草を刈ったり、ホースを引っ張って農薬を散布したりするのは肉体的にも大きな負荷がかかりますし、りんごを収穫するとき傾斜地で脚立を使うと事故のリスクも増えます。そうした課題を解決するために、小型の自動散布機や運搬車、草刈り機を導入したスマート農業のあり方を提案しようと取り組んでいます。
市内外の事業者とのシナジーが生まれる場・NASCで実証する意義
——なぜラポーザは、NASCに加盟したのでしょうか?
荒井さん:
長野市の経済は、1998年の長野五輪以来、勢いが低下しています。その中でも「何とか長野市を活性化したい」と思い、自社事業とも関連性の深いスマートシティという道筋で何かできないかと考えていました。そんな中でスマートシティ推進を掲げたNASCが設立されたことを知り、すぐに加盟したんです。
——当時NASCには、どのようなことを期待していたのでしょうか?
荒井さん:
周囲を山に囲まれた長野は、どうしても保守的な風土があると思うんです。でも、外部からの刺激があれば、何か大きな変革を起こせるかもしれない。その点、都市部でも活躍するビジネス界のトップランナーも関わりながら、新たな視点を提供したり、ユニークな人脈をつくることができるNASCには大きな期待を抱いていました。
また、ラポーザ単体の活動では、どうしても認知が広がらなかったり、サービスを提供する農家や協業するパートナーとマッチングできる機会が限られていました。そんな意味でも、広報面のバックアップや「産学官金が連携するプロジェクト」という信用を得られれば、やりたかった事業が加速できるのではないか、という思いもありましたね。
実証プロジェクトで加速させる「中山間地域における持続可能な産業としての農業モデル」
——今回採択された実証プロジェクトは、どのようなものなのでしょうか?
荒井さん:
スマート農機の開発・シェアリングによる労働生産性の向上と、農園を活用した体験コンテンツの提供を両軸で進めることで、中山間地域における持続可能な産業としての農業モデルの構築を目指すプロジェクトです。この取り組み自体は、これまでラポーザでも取り組んできましたが、より事業を加速したり、新たな可能性を模索したりするために、実証プロジェクトに応募しました。
実証プロジェクトの現在地
——「スマート農機の開発・シェアリングによる労働生産性の向上」と「農園を活用した体験コンテンツの提供」について、それぞれの取り組みの概要と現在のステータスについて聞かせてください。
荒井さん:
まず「スマート農機の開発・シェアリングによる労働生産性の向上」について。こちらは、狭い道や急な傾斜など中山間地域ならではの環境下に最適化させた小型のスマート農機を開発し、農業生産者同士でシェアリングできるようにする取り組みです。
農業生産者単独でスマート農機を開発し、所有するのはコスト的にも負担が大きいため、シェアリングの仕組みを採用したいと考えています。
現在は、当社のエンジニアチームが試験機を開発・製作。小型のスマート農機を圃場で運用しながら、データを取っている段階です。これまでは畑に合わせてロボットを開発していたんですが、発想を転換してロボットに合わせて畑を設計するというアプローチを試しています。そうすることで、ロボットのパフォーマンスも高まりますし、従来のように大型機械を入れる前提でつくられる畑よりも小型のスマート農機に最適な間隔で作物列をつくることで収穫量も増やすこともできます。「便利にはなったけれど、売上が減ってしまった」となっては元も子もありません。そのため、木1本、条1列単位でデータを取って売上計算を行っています。
——「農園を活用した体験コンテンツの提供」についてはいかがでしょう?
荒井さん:
こちらは、中山間地域の特色に根ざした体験コンテンツを企画し、圃場などでの集客イベントを開催したい生産者に提供する取り組みです。まずは私たちが保有する農園や醸造所を活用し、地域の飲食店をはじめとした事業者を巻き込みながらエリアの魅力を味わえる体験を提供することで、観光や企業研修、移住など新たな展開を生み出すことができたら、と考えています。
採択直後には、ぶどうの収穫体験と農園レストラン、スマート農業体験を丸ごと体験できるイベントを開催しました。直前の告知だったにもかかわらず、50人を超える方々に参加いただき、イベントは盛況に終わりました。よりコンテンツをブラッシュアップしながら、ほかの地域も含めて 2回、3回と開催していきたいと考えています。
「中山間地域」の可能性を耕し、新たな産業が生まれるエリアへ
——今後の実証プロジェクトへの展望やNASCへの期待について教えてください。
荒井さん:
まだ採択されてから数ヶ月。成果が出るのはまだ先だと思っています。NASCに期待しているのは、自分たちが持っていない技術とマッチングしてくれること。たとえば、今後スマート農機を量産するとなったら製造技術を持っている企業とつながれたらさらなる展開が生まれそうです。
また、そもそも中山間地域の課題って農業分野だけ頑張っても解決しないんですよね。たとえば、収穫した作物をいかに美味しく提供できるかという観点では飲食分野も視野に入る。それにいかに賑わいを生むかという観点では観光分野も該当するでしょう。そうした横の繋がりをつくってもらうことによって、分野を横断した取り組みに発展したらいいなと考えています。
——たしかに業界や業種を横断して、それぞれの強みが発揮されるプロジェクトになったらいいですね。
荒井さん:
そうですね。それにラポーザ自身もチャレンジを続けなければならないと思っています。2024年にはワイナリーをつくり、現在はビールの醸造所もつくっているところです。たとえば、企業のチームビルディングの一環で、午前中は農場でホップの収穫やビールの醸造を行い、午後はWiFiが飛んでいる私たちの農場で仕事をして、夕方にはビールで乾杯する、なんて研修があってもいいと思う。そうして、中山間地域に滞在できる状況をつくっていけたらいいなと考えています。
そうした取り組みが進むと、移動手段が必要になるからデマンド交通の手段を開発しようとなったり、移動手段が確立されて生活のハードルが下がったら移住が促進されたり、移住者が増えたら物資の運搬や不動産が重要になってきたり……そうしてさまざまな産業が行き交いながらエリアが活性化すると思うんです。それが結果的にスマートシティにつながるはず。
「自分たちだけでどうにかする」という発想だと前に進まないので、まずは自分たちでアクションを起こしながら、さまざまな人を巻き込み、よりよい中山間地域をつくっていきたいと思います。
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